「好きなことを仕事にするといい」
「仕事を趣味のように楽しむとよい」
そんなフレーズを耳にするたびに、私は胸の奥に小さな苛立ちを覚える。
それは、単なる言葉尻の問題ではない。
もし私がクライアントだったら、
「趣味のようにやってる」意識の人間に、自分の人生やお金を託したくはない。
私の要求や悩みに、そんな軽さで向き合われては困るのだ。
さて、写真は数日前に撮影した一枚。私のギターの師匠であるケリーサイモン氏と写っている。
ケリーサイモンは世界最高峰の技巧派ギタリストとして広く知られている。世界一難しいとされるギター教則本の著者にして、圧倒的な演奏技術と美的完成度を兼ね備えた、音の錬金術師であり、音の職人だ。
この日は、RED HOUSE社製のメインギターを触らせてもらった。それはもう、楽器というより芸術品。細部に至るまで一切の妥協がない。
まるでロールスロイスを素手で触るような体験だった。
だが、それ以上に美しいのは、ケリーサイモンの「音」そのものだ。
一音一音に魂が宿っており、技巧を超えて聴く者の心を震わせる。
「ケリーサイモンの演奏を聴いて、初めてギターで涙が出ました」
という人も多い。
私も同感だ。
ケリーサイモンはこう言った。
「音楽は好きでやってるんじゃない。使命感でやってる。」
この言葉に、すべてが凝縮されている。
ケリーサイモンは唯一無二だ。
音楽業界に、他にケリーサイモンの代わりになれるような人がいない。
そのようなケリーサイモンの根底には、“趣味”や“好き”を超えた、使命という炎が燃えているのだ。
私ショーンはプロの英語教育家であり、それが仕事だ。
それは「趣味」ではないし、「好きでやっている活動」でもない。
私にとって英語を教えることは、「誰かの人生を変える仕事」であり、「日本という国の文化的再興」への一端である。
目の前の人に貢献すること。
声を鍛え、思考を育て、言葉を深く通わせる力を伝えること。
それは使命であり、公的責任である。
私自身の小さな趣味の延長でやっているなどとは、決して思っていない。
しかしながら、世の中には「英語が好きだから教えてます」「気軽に楽しくやりましょう」という空気感で英語を教える人が非常に多い。
悪いことではないかもしれないが、そこには真剣さがない。
礼節も、志も、プロ意識もない。
気軽さをアピールするのは「温かく」見えるが、実際は空虚。
それは、社会全体の「軽さ」を映しているように思う。
「手軽」「気軽」「楽しく」
そうしたものがもてはやされ、誰もが「ラクな道」ばかりを選ぶ。
だが、ことばは命だ。
英語は、単なる道具ではない。
それは思考の器であり、人間の在り方そのものを映し出す。
私は、礼儀・礼節を重んじる。
そして、教える側にも、学ぶ側にも、プロ意識が必要だと思っている。
それは、気合いや厳しさの話ではない。
自分がこの人生に、どう意味を与えたいのかという、魂の姿勢の問題だ。
そこに「真心」や「心の温かさ」があるのだ。
“趣味”でやってるうちは、限界がある。
“使命”としてやりはじめて、ようやく壁を超えられる。
プロとは、誰かのために、世界のために、自分の使命を全うする人のこと。
ケリーサイモンはそういう人だ。
私もまた、英語教育家としての道を、自らの使命として歩んでいる。
今日もまた、良き人と出会えますように。

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