「英語の発音や文化を学ぶ必要はない。自分は日本人だから日本人らしいふるまいで良い。」という考えの人間とは交際するな

「英語の発音や文化を学ぶ必要はない。自分は日本人だから日本人らしいふるまいで良い。」という考えの人間とは交際するな

こんにちは、英語文化人類学ショーンだ。

 

今日は京都でこれを書いている。

 

金曜日から月曜日まで、私は東京升砲館の稽古のために半蔵門道場に行っていた。

私は、自分の門下生たちを愛している。

 

彼らも私のことを愛してくれている。

 

京都でも東京でもその幸せを享受できて、私は本当に幸せだ。

 

さて、どこに出ても胸を張れる立派な日本人を育成するのが、私のライフワークである。

 

私は昔から、英語発音や英語文化を深く知ることの重要性を述べ続けているが、日本人と話していると、時々、こういう反論が帰ってくることがある。

 

「発音や文化を学ぶ必要はない。自分は日本人だから日本人らしいふるまいで良いと思う。100何十年か前に日本の侍たちが渡米してニューヨークでパレードをしたとき、彼らの侍らしい立派な振る舞いにアメリカ人たちが畏敬の念を持ったそうじゃないですか?」

 

あまりに幼稚で都合の良い解釈に、私はうんざりする。

 

たしかに1860年、江戸幕府による遣米使節団は訪米した。

 

福澤諭吉、勝海舟らを含む侍たちの使節団が、大統領のジェームズ・ブキャナンに謁見、そしてニューヨークやフィラデルフィアで熱烈な歓迎を受けたのは有名な事実である。

 

その使節団の中心メンバーをご存知だろうか?

 

新見正興(しんみ まさおき)、村垣範正(むらがき のりまさ)、小栗忠順(おぐり ただまさ)など、侍の中でも選りすぐりのスーパーエリート集団だ。

 

新見正興(しんみ まさおき)は神奈川奉行、今でいう神奈川県知事。

 

村垣範正(むらがき のりまさ)は旗本、すわなち殿様の身分。

 

小栗忠順(おぐり ただまさ)は江戸幕府の財政再建や軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設を指揮した大人物。

 

英才教育を受けていた彼らは、侍の中の侍であるばかりではなく、英語もものすごく堪能だった。

 

私は武道を敬愛している。

 

私は、長年空手をやっているし、居合道もやっていた。

 

好きな侍は山岡鉄舟と福澤諭吉である。

 

平成や令和の一般人の立ち振る舞いを見てみたまえ。

 

平和ボケしている現代の日本人は、幕末のサムライのような振る舞いは全くできないではないか。

 

精神的にも身体動作的にも、現代の一般的日本人と幕末のサムライとは、まったく違う。

 

1860年の遣米使節団は、ずば抜けたリーダーシップを持つだけでなく、日本の将来を担う気力溢れた頭脳明晰のトップ集団だった。

 

所作、すなわち身のこなしもエレガントで、強さと礼節に満ち溢れていた。

 

強さも礼節もない、英語も満足に話せない、引っ込み思案の令和の一般日本人男性グループがニューヨークに行ったとして、ニューヨーク市民たちが頭(こうべ)を垂れるだろうか?

 

そこにはコミュニケーションのできない、ダラダラしたただの内気な日本人グループがいるだけだ。

 

命がけで時代を切り開いていった偉大な先人たちから見習うこともせず、単にことばだけで「自分は日本人なので、日本人らしくしていればよい」と考えている、ボケた日本人が多すぎる。

 

甘えるのもいい加減にしろよ。

 

平和ボケしている日本人は、どんどん外国の勢力に負けていくであろう。

 

生き延びていくためには、変化に適応していかなくてはならない。

 

進化論者チャールズ・ダーウィンの適者生存論(survival of the fittest)である。

 

升砲館では、先人たちと歴史が遺してくれた数々の叡智を学ぶ。

 

もし、お前が英語が少しうまいだけでなく、根本的に自然なレベルで英語が話せるようになるため、ひいては、世界中の人間と対等にお互いを認め合っていくための大きな人間力をつけるためには、呼吸や発声、所作、考え方、文化論などを学ばなくてはならない。

 

大隈重信や岩倉具視だけでなく、福澤諭吉や勝海舟もフルベッキから英語や文化を学んだという。

 

私は、お前のフルベッキとなろう。

 

諦めるな。お前はできる。

 

自分を変えて現状を打破する気概がある者は、升砲館に入門したまえ。


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©2019 Shawn Tsujii

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