第1章 「英語が嫌いだ」「英語は要らない」と思っているあなたへ
《質問03》心で通じ合うことが大切だと思うので英語は要らない
「心」は大切ですが、果たしてそれを根拠に「だから英語は要らない」というのは独りよがりな言説です。
子供染みているというか、世間知らずというか。。。
もし、私たちに言葉が無いとどうなるのでしょうか?
「お腹減った」「危ない、逃げろ!」などの目の前の出来事に限れば、たしかに言葉を用いなくてもある程度の意思疎通は可能でしょう。
しかしながら、過去の話や未来の話、目の前に無い事柄など、例えば「来月の25日に銀行に入金があります」や「AさんとBくんは両思いだと思う」「ヨーロッパではコロナの第二波が猛威をふるっている」などは、共通言語が無いと話が通じません。
通時的に(歴史の観点から)見ると、もし言葉が無ければ、私たちの世界に深刻な問題が発生します。
言葉がないと、過去の先人たちの知恵や知識を活かすことができないのです。
言語を使いこなせるのは霊長類の中でもヒトだけ。いくら頭の良いチンパンジーやゴリラでも、もともと彼らはヒトのような言語野を脳に持たないので、いくら訓練しても言葉は扱えない。
ヒトが、子孫たちに自分の経験から得た知識を詳細に残すことができるのは、言語で記録することができるからです。
例えば、私ショーンは、幼少期に小児ぜん息に苦しみましたが、死なずにこの年まで生きられた理由は、言語によるヒトの知識の集積があったお蔭です。言語が無かったら、画期的な治療法が発見されたとしても後世に継承されるわけありません。
あなた自身は言語の恩恵なしに、今の年まで生き延びられたと思いますか?
無理でしょう。
ということで「ことば」は非常に大切ですが、私自身は決してロゴス中心主義者(言語中心主義者)ではありません。「心」が何よりも大切だという考えを持っています。
誰でもちょっと考えたらスグわかりますが、「心」も「言葉」もどちらも大切でしょう。
「心」の大切さに加えて、ぜひ、あなたも「ことばの美しさ」方面にも目を向けてください。
やっぱりことばを使えることは楽しいですよ。便利だし。
ショーンツジイ
文化人類学者・英語教育家
英語道場 升砲館 館長
