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升砲館初期の思い出

最近、初期の京都升砲館の門下生だったSが7年ぶりに升砲館に復活したいと連絡を取ってきてくれ、私は昔を思い出すとともに、そのことが実に嬉しかった。Sは上場企業の社長まで上り詰めたイケメン紳士で、今は東京在住。美形のエリートなのに気さくで親しみやすい人柄の持ち主だ。彼がまた升砲館で英語トレーニングを再開することが私はとても楽しみだ。

また、先週は別に才能に恵まれている30代の男性が東京の正面突破セミナーに来た。認知科学も学んでいる人物で、升砲館で扱うメソッドが直接響くような感性の持ち主だ。ちゃんと稽古すれば、彼は相当英語がうまくなるだろう。家族のいる人は、月に一度の升砲館の土日集中稽古に来るには少し時間的な工夫がいるかもしれないが、どうかうまくマネージできますように。

私は、昨日、7年ぶりにSと話したことにより、我が升砲館の創成期のことを思い出した。

2015年7月、京都寺町商店街にあったツジイイングリッシュスクール内3階の一つの部屋で、私は升砲館を開校した。第一回目の稽古は参加者一人のみ。それでも、私は強い確信があったし、長年やろうと考えていた本格的な英語道場を初めて形にできた喜びでいっぱいだった。

寺町御池オフィス3階の京都升砲館
右は事務局浅野裕貴

1ヶ月もしないうちに升砲館は、みるみる膨れ上がった。最初の3階の教室だけでは足りなくなったので、同じビルの7階の一部屋を借りた。

7階の部屋は小さく素朴な教室ではあったが、それでも20人同時に稽古ができる環境になり、初期の升砲館の稽古を支えてくれたものだ。

ただ、7階の教室は最初はエアコンがつぶれていたので、最初の1ヶ月は、小さな部屋に集まった20名の門下生ひとりひとりがアイスノンを握りしめての汗だくの稽古だった。猛暑の京都の8月と9月に、よくそんなことをやっていたなと思う。でも、私には喜びしかなかったし、皆の笑顔もキラキラ輝いていた。毎日、感動しかなかった。

東京を始め、沖縄から北海道まで日本全国から京都の升砲館に門下生が来てくれた。当時はオンラインレッスンがなかったので、私のレッスンを受けるために京都に移住してきてくれた生徒もいた。

升砲館の門下生の数はうなぎ上り、すぐに3階と7階の教室では足りなくなった。運良く同じビルの2階全フロアを借りることができ、2020年にコロナで転出するまで、一旦そこで初期の京都升砲館の形が出来上がることとなる。

時間は前後するが、京都で升砲館を開始してから半年後の2016年1月、私は第一回目となる東京での升砲館の稽古を行った。場所は渋谷。なぜかというと、当時親しくさせていただいていたIKKOさんの誕生会が渋谷セルリアンタワーであったので、どうせ京都から東京に行くなら私の東京の生徒に集まってもらい、升砲館と誕生会出席をいっぺんに済まそうと考えたのだ。

IKKOさん、ビッキー、私

以後東京升砲館は、新宿を拠点にするようになり、少しの期間六本木で活動し、また新宿に戻って、そして2018年10月から現在の半蔵門道場に落ち着くこととなる。トップの写真はコロナ前の東京升砲館、半蔵門道場。

コロナ禍の時勢で升砲館は静かな3年間を過ごしたが、今、升砲館は全体的に初期の頃の熱気を取り戻してきている。門下生たちの上達も著しいし、指導員たちのレベルも非常に高い。

「感動させる英語ー超感動イングリッシュ」という、升砲館の原点に、今、戻る。

自分を感動させ、相手を感動させ、それを見ている人も感動させるという考え方だ。

近江商人の三方よしと似ているね。

さぁ、今日もがんばろう!

皆で感動しよう!


ショーンツジイ

英日バイリンガル刺青文化人類学者
英語道場 升砲館 館長

升砲館で圧倒的な英語話者になろう
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